[壮月一八]
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2006.05.02(Tue)


「晴れの日」


 目覚める瞬間は、きっと誰にもわからない。けれどそれだからといって起きないわけにはいかないのだ。僕はゆるゆると布団の中から手を伸ばし、携帯の時刻を確かめた。10時5分。携帯を握ったまま布団に手をしまう。アラームをかけてなかったもので、こんな時間になってしまった。とはいっても予定なんて無いのだから別に困りやしないのだけれど。

 僕は一度ぐっと丸まって、ぐっと伸びた。開きかけた目を、布団にまでも入り込んでくる光がチクリと刺す。背中の辺りでどこかが妙な音を出したのを聞いて、ベッドから落ちるように僕は床に足をつけた。

 ペタリ、と少しひんやりする感触に少しずつ頭が起きだす。ペタリ、起きて、ペタリ、起きたか。そして、まるで光を求める植物のように光源へ手を伸ばした。

 わずかな隙間を見つければ、そこから一斉に飛び込んでくる光を受けて思わず顔をしかめる。何だって一体、こんなにまぶしいんだ。――あぁ、そうか。カーテンを勢いよく左右に開いて、僕は大きく背伸びをした。背中の妙な音は今度はない。そのかわり、口からひょいと言葉が飛び出た。

「いい天気だ。」

 肩、首、腕。順番に回してやれば、エンジンがかかってくる。けれどやはり目は大きくは開けられない。まぶしいんだ。いくら目が起きていたって、また閉じこもりたくなるような光を見上げた。

 真っ青な空。その中に浮かぶ白のような光。まったく、昨日までのどんよりした雲は一体どこへ消えてしまったのか。キラリ、と何かが反射して、僕のそんな考えを跳ね飛ばした。どうだっていいのか、そんなことは。今日は晴れ。昨日がどうであれ、今日は晴れだ。何も考えず、それを受け取ればいい?

 けれどこんな日には、僕には見たいものがある。だから少し、考えさせてくれもいいじゃないか。




 晴れたよ、という声と、思い切り飛び込んできた光に、僕は小さくうなる。

 はははそんなにまぶしそうな顔しなくてもいいじゃない。そう笑っているのが一瞬誰だかわからずに、僕は薄く目を開けた。するとそこにはもう人はいなくて、違うところでガタガタという音が聞こえてくるだけだ。光と混乱とで、頭が起き出す。

 何してるの、と聞いても彼女からの返事は無い。夢中になっているんだ、きっと。肩をすくめるかわりに僕は窓の外に目をやった。真っ青な一面と、あふれてどうしようもないような光。本当にいい天気だ。もう一度目を閉じてしまうのを、この天気は許さない。

「脱いで、」

 布団をはがされ、有無も言わさぬ口調で彼女は僕のパジャマを脱がした。ズボンまでも引っ張られそうになったものだから、慌てて自分で脱いで渡す。条件と環境さえ違えば対応だって違うんだけどな、と、あせった自分を笑っておいた。

「ねぇ、何するの、」

 彼女の後姿に呼びかける。すると無感情な声で返ってきた。洗濯。

 その言葉通り、しばらくすると水の音と無駄にうるさい洗濯機の回転する音が届いた。確かに洗濯日和であるし、溜まっていたものもあるから歓迎なのだけれど。

 僕は頭をかきながら体を起こした。そして少し、首をかしげる。どうしてタンスから洋服が飛び出していて、洗濯しようと出していた緑のパーカーが落ちているんだろう。彼女は洗濯しているんじゃなかったんだろうか。

「ねぇ、洗濯って、」

 呼びかけながらのぞくと、そこには真剣に回転する水を見つめる彼女がいた。何、と小さく答えられて、僕はただ、何でもないとしか言えない。そろりと方向を変えて冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと、わざとバタンと大きな音を立てて戸を閉めた。

 床にぺたりと座り込み、ベッドにもたれかかってガラスのコップにジュースを注ぐ。橙色でも山吹色でもないオレンジ色がゆらめいて光を屈折させた。僕は、誰かがこれで詩を作ろうとする気持ちを少しだけ想像した。単純なくせにきれいだなんて、ずいぶんと卑怯じゃないか。

 ガタンガタンと我が家の古い洗濯機が懸命に回っている。二槽式だなんて今ではずいぶん珍しい。僕だって、リサイクルセンターの片隅で周りよりケタの少なかったあれを見るまで考えになんて入れていなかった。けれど彼女は気に入っているらしい。ちゃんと回っているのが見えて楽しい、新しいのはふたがしっかり閉まるんだもの。そう機嫌よさげに笑っていたから。

 ガタンガタンという音がひとつ止み、そしてまた今度はひどく乱暴に揺れているのが伝わってきた。脱水か。細波立つオレンジ色の水面を飲み干して、僕は立ち上がった。老体が仕事を終える前に、僕も一仕事だ。タンスから落ちそうになっていた青のシャツを引き上げて、中に入れてやる。そして僕はふと気づく。僕はこんなに白の洋服を持っていなかっただろうか。

 タンスの片付けに夢中になっていた僕の上を、ひんやりとした風が通り過ぎた。顔を上げてみると、彼女が洗濯カゴ一杯に洗濯物を抱えて来たところだったらしい。

 彼女は無表情に洗濯物を広げていく。パンパンとたたき、バシリと延ばす。手際よく進められる様子を、僕はただぼんやりと見やった。そしてまたふと気づく。彼女の手にのぼる洗濯物は、白ばかりだ。

「……そのシャツ、タンスの中に入ってなかった?」

「入ってた。」

 短い返答は、邪魔しないでくれという合図。それがわからないほど彼女を知らない僕ではない。僕は再び、ぼんやりと彼女の手の動きを見ることだけに専念することにした。

 ビシリと延びた洗濯物を、次々に物干しへとかけていく。シャツにタオルに、あれはさっき脱がされたパジャマ。そしてそのどれもが真っ白だった。汚れなどどこにもない。

 彼女が真剣な顔のまま、最後の一枚をポンとたたく。

「……終わり?」

 恐る恐る声をかけた僕を振り向き、ようやく微笑むと彼女はうなずいた。

「終わり!」

 そしてベランダに足を出す形で寝転ぶと、満足そうに息を吐いた。僕はそろそろとそんな彼女の隣へ近寄る。

「これが見たかったんだ。」

「これ?」

「これ。」

 彼女が指差す方向は、空。首をかしげる僕を見て苦笑すると、僕が体を支えていた腕をぐいと引っ張り寝転ばせた。そしてもう一度、これだ、と指差す。

 僕ももう一度、指差す方向を見上げた。そこにあったのは空の青と、あふれる光、その中で揺れる真っ白な洗濯物。言葉で並べると何のことはない。けれど僕が見たのは、単純だけどとてもきれいで、軽く鳥肌が立つ感じのものだった。

「これが見たかったんだ。白だけ、っていうのがミソなんだけど。なんだかこうやって見てれば、自分もきれいに洗濯されて一緒に乾かされてる感じがしない?」

 くすくすと小さく笑いながらそういった彼女はとても晴れていて、僕は静かにうなずいた。

 僕は言葉知らずだから何も言えない。だからうまい具合に今の僕を伝えるために、ゆっくりと彼女の手を握った。ひんやりとした感触と、ゆるやかな風と、少し暑くなって来た足先は、オレンジジュースの卑怯さと同じ卑怯さだった。


 僕は苦笑して窓を開け放ったまま部屋へ入った。何をぼんやりしているんだろう。考えさせてくれるのはいいけれど、もう誰もそれを止めてやくれない。部屋は暗くなんてないのにまるで籠もってしまったかのような感じがして、僕はひとつよし、と声を出した。

 白のパジャマを脱ぎ捨てて、勢いよくタンスの引き出しを引っ張る。割ときれいに並んでいるベージュや黒を無視して、下のほうから白を引きずり出した。T-シャツ、ポロシャツ、こんなものまであったのかというのまで引きずり出す。いつの間にか僕の周りには白い山ができていた。

 別に、あれが見れないわけではない。自分で作り出せばいいだけだ。山を抱えて、僕はそれを洗濯機の中へと放り込んだ。ボタンを一つ押せば、静かにそれは回りだす。

 そのまま冷蔵庫に手を伸ばし、オレンジジュースを取り出す。引っ掛けておいたガラスのコップも一緒に持って、ベッドに寄りかかって床にぺたりと座り込んだ。じんわりと温かくなってきた床に置いたコップにオレンジジュースを注ぐ。明け放たったカーテンから飛び込んでくる光とオレンジジュースが一緒になるような気がして、僕はわざと高いところから注いだ。実はこれが結構好きだったりする。だって、きれいじゃないか。

 静かな低音が小さく小さく床を揺らす。けれどオレンジ色の水面はちっとも動きやしない。

 僕はコップの中で折れ曲がる光を見ていた。この光がそのまま中で止まってしまえば。――何をくだらないことを考えているんだろう。光は動くからきらめいて、だからきれいだというのに。止まってしまった光だなんて誰も目もとめない。

 ピーという電子音に僕ははっとなる。そそくさと立ち上がってふたを開けて抱え出す。ひんやりとした洗濯物が心地いい。それを床に散らばして、一つ持ち上げパンパンとたたいてピシリと延ばす。その繰り返し。いつの間にか身に付いたこの仕方は、彼女のマネだ。

 延ばした洗濯物を、ベランダの物干しへ順序良くかけていく。ひとつ、ひとつ、どこにも汚れなんてない白が並んでいく。最後の一枚をかけたとき、僕のベランダは白に覆いつくされていた。

 そして僕は、そのまましゃがみこむ。足はベランダに、顔は部屋の中に。視線はもちろん白を通り越した真っ青な空。

「いい天気だ……。」

 これが見たかったんだ。ゆらゆら揺れる洗濯物。その合間の空から降ってくる光。僕も一緒に乾かされているんだろうか。彼女は、乾かされているだろうか。

 ひんやりとしたものに手が触れた。それはひんやりだけでなく、僕の手をぬらす。グラスを引き寄せるとキラリと光が動いた。キラリ、キラリ。どこよりもそれは晴れている。けれど僕は違う晴れが欲しかったのだ。

 でももう、うちには二槽式洗濯機はない。あるのはこの、一つ欠けた卑怯なきれいさだけだった。
 



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