[壮月一八]
そうげついっぱ はちがつそうげつ
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LONDON
Daily Life
Writing
MICHI


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2010.05.25(Tue)


「それじゃあ、またね。」

 彼女は真っ直ぐに歩いていった。背筋正しく、迷うことなく、少し重い荷物を持って彼女は人ごみに消えた。彼女の行く先を知っていても、彼女がどこに行ったのか既にわからなくなってしまっていた。そこにあるのは、見知らぬ人の背中ばかりだった。

 改札の手前に残された私たちは顔を見合わせて、同じように笑った。

「帰ろうか。」

「帰ろう。」

 彼女の電車は既に駅を出発していた。次の電車のアナウンスが人で溢れた駅の中に響く。人の流れを留めていたことに気付いて、慌てて隅のほうへ寄った。

「車、出すね。ちょっと待ってて。」

  

「よかったね。」

「そうだね。」 

 またね、と言った彼女は、まるで新生活に胸を膨らませる学生のように見えた。ほんの数年前、彼女は同じようにこうして街を出て行った。そのときのことを私はよく知らない。私も彼女と同じように、途端に広げられた目の前の世界に夢中だったせいだろう。あの時は皆、自分のことで精一杯だった。今でもそうなのかもしれない。けれど私たちは、ほんの少し大人になっていた。

「うまくいくといいね。」

「本当にね。」

 それでもまだ私たちは、彼女が見ている夢を知らない。むしろ、あのころの方が知っていたのかもしれない。

「元気だといいよね。」

「大丈夫でしょ。」

 私たちには、平凡な祈りの言葉しかない。それでも私たちは祈らずにはいられなかった。


「白い祈り」
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白い祈り | Writing | com(0)|



2010.05.24(Mon)


 頼りなく空に上っていく煙を見送った。髪が煙草臭い。誰のせいでもない自分のせいなのに何故だかひどく誰かを責めたくなった。少なくとも煙草のせいではあるのだから、煙草に当たるのは間違いではない。ぐしゃりと潰して、また新しい煙草に火を点けた。何の意味もない。
 
 いつの間に私は煙草を咥えるようになったのだろう。ゆらゆらと目の前で白い煙が揺蕩う。決して安くはないこの嗜好品が、気付けば当たり前のように鞄の中にあった。吸い込めもしないくせに勿体無いと誰かに言われても、止める事はできない。

 浅く吸って、煙を口の中に閉じ込める。そして細く息を吐き出した。仄かに温かな甘さが私の顔を覆った。煙を吐き出す瞬間のこの香りを感じるたびに、女の子の物ではないよ、と笑った人がいたのを私は思い出す。もう、いつだったかは思い出せないが、香りだけは私の記憶から結びついて離れない。

 その人は上手に甘い香りのする煙草をゆっくり呑んでいた。あっという間に終わってしまう私の煙草とは違う。見ていてとても魅力的な煙草だった。吐き出す煙すら、憧れてしまうような煙草だった。これが紫煙と言うのではないかと、煙草で遊び始めた私は思ったのだった。

 あまりにも魅力的だったので、私は教えを請うた。上手く煙草を吸えるようになりたいのだ、と言うと、その人は曖昧に笑ってそんなことはできないと応えた。どうして、と尚も喰い付いた私の頭に手を乗せて、女の子の物ではないよと言って折角の煙草を潰してしまった。

 私はその人にとってただの子供だったのだろう。例え私が大人になっても、その人にとっては永遠に子供のままなのだと、いくら青い私にもわかってしまった。その手に染み付いた甘い香りのせいで私の胸の奥が痛んでいたとしても、私はただの女の子だったのだろう。

 それから随分と煙草を咥えてきた。それでも未だ、あの人のような呑み方はできない。もしかするとそのせいで私は飲み込めもしない白い煙を吐き出し続けているのだろうか。それなら未だ私はきっと、女の子のままだ。紫色の煙には、程遠い。


「紫色の空」
title from のんびり+

紫色の空 | Writing | com(0)|



2010.05.23(Sun)


 まるで雪のようだと思った。五月も終わりに近づき、季節はずれも甚だしい。それでもなお、雪のようだと思った。

 その木が桜なのか何なのか、私は知らない。桜にしては、花びらが硬い。けれど雪のように花を散らす木を、桜以外に私は知らない。いや、そんなことはどうでも良いのだ。ここを通ったのは、この花が目的ではない。

 白い道を歩く。さらさらと花が落ちていく音と、それを踏みしめる私の足音だけがあった。天気はすこぶる良い。気付けばもう初夏なのだ。私も忘れていたのだと、少し笑った。木漏れ日の光線は、存外に強い。

 待て、という声が聞こえた気がした。

 私は止まらない。空耳だと思うことにする。

 待ってくれ、という声がもう一度聞こえた気がした。

 この静けさを破るように、私以外の足音が駆けて来る。私はただ真っ直ぐ前を向いた。白い花びらは未だ降り続いている。

 ごめん、と背中から声をかけられた。黙っていると、荒い息を整えるようにしてもう一度ごめん、と続いた。

 そんな言葉が欲しかったわけではない。大人気ないことをしているのは自覚している。こういう逃げの姿勢を非難するのは、私の役目だったはずだ。いつの間にか立場が逆転している。

 すまなかった。声は次第に勢いをなくしていた。すまないのは、私のほうではないかとすら思えてくる。それでも私は振り返らなかった。空から白い花びらがひらひらと舞い降りてくる様を見ていた。

 まだ、よろしく頼む。その言葉と共に、白い花びらが真紅に変わった。真紅のバラが目の前を覆いつくしていた。

 よろしく、頼む。ゆっくりと花が沈んで、見慣れた顔がそこに現われる。見事なまでの、情けない顔。頼りにされていて、亭主関白を気取っていて、堂々としているあの人とは思えないほどの情けない顔だった。

 まるでどこかの坊ちゃんみたい。そう思って、笑ってしまったのだった。怪訝そうにあの人が私を見た。理由などわからずとも許してあげるから心配することはない。私はひどく満足だった。

 だから私は花びらの中に飛び込んだ。年甲斐もなく、と誰かが笑うかもしれない。あの人も私のこんな行動を予想できずに、均衡を崩しながら思わず花束を手放した。放り投げられた赤い花束は、少しの間空に舞って、白い花びらの上にひらひらと赤を散らしながら白い道に落ちた。赤の存在感は、どれだけ白があったとしても、むしろ白があればあるほど、強かった。
 
 忘れていたのは当たり前すぎたからだ。それが幸せだと誰かが教えてくれたせいだ。だから私はこの光景を忘れない。次に赤い花吹雪が吹いたら、私は白い花束を買おうと思う。


「赤い花吹雪 」
title from のんびり+

赤い花吹雪 | Writing | com(0)|






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